火山島の「夜明け」を、ドラマチックな楽曲へ。
斉藤尋己が描く、大島のサウンドスケープ

火山島の「夜明け」を、
ドラマチックな楽曲へ。
斉藤尋己が描く、大島のサウンドスケープ

東京・竹芝から船で1時間45分と、都心からほど近い位置にある大島。数万年前の海底噴火によって誕生し、今も島の至るところにダイナミックな地形や風景が残る火山島です。

そんな大島の魅力を「音」で発信するプロジェクトが始まり、かつて大島で「サウンドスケープ・ツアー」を行った音楽家・斉藤尋己さんが、「大島の音」を用いたオリジナル楽曲を制作しました。

全国各地でフィールドレコーディングを行い、「サウンドスケープ・デザイン」の仕事にも携わる斉藤さんが、大島の個性として見出したのは「夜明けのドラマチックな情景」。実際の「大島の音」とともに、その奥深い「耳をひらく旅」の魅力に触れていきます。

斉藤尋己

1980年7月10日、東京生まれ。10歳でクラッシックギターを始め18歳から本格的にクラッシックの音楽理論を学ぶ。その後、日本大学芸術学部音楽学科情報音楽コースに入学し、音響心理学、音響解析等を学び、実験的作品やオーケストラ作品などで作曲活動を開始。卒業後は、映画・CM・TV・Webなどの多くのメディアに楽曲を提供する他、nanacoカードのインターフェイス音やYAMAHAの音源開発、企業CIなどのサウンドデザインにも携わる。また、ジャパン・ハウス・ロンドンやミラノサローネでの展覧会の会場音楽制作や、サウンドインスタレーションなどのアート作品を発表し、様々なアーティストとのコラボレーションも積極的に行っている。2016年、自身主催によるサウンドスケープを思考の軸に据えたサウンド・ブランディング・エージェンシーSoundscapeDesignLabを立ち上げる。
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大島は「第二の故郷」。
斉藤尋己が感じたダイナミックな自然

はじめに、斉藤さんと大島との関わりについて教えてください。

もともと父が、僕が生まれる前に数年間だけ大島で働いていたんです。島での生活が楽しかったようで、家でもよく大島の話をしていました。「金目鯛の島寿司が美味しいんだよ」とか「波浮の港に飛び込んだんだ」とか。だから僕にとって大島は、物心ついた頃から身近にあった”第二の故郷”のような存在ですね。

大人になってからは、知人から「大島の魅力をクリエイターの力でもっと伝えられないか?」と相談され、2012年に複数人で金環日食を観るためのイベントを開催しました。僕は昼間に「サウンドスケープ・ツアー」を行い、夜はトウシキキャンプ場でライブもしましたね。どちらも、とても楽しい思い出です。

サウンドスケープ・ツアーとは、どのようなものでしょうか?

簡単に言うと、「音に注目するツアー」ですね。人は視覚から情報の8割を得ていると言われていて、普段はどうしても”目で見ること”に頼っているんです。でも、「耳を澄ましてください」と言うと、多くの人は目をつぶって視覚情報を遮断します。サウンドスケープ・ツアーでは、目を開けたまま聴覚に意識を向けることで、自然や生き物を新しい角度から感じていく試みなんです。「耳で視る」「耳をひらく」というイメージですね。

たとえば大島では、筆島を見に行って、波の音に耳を傾けました。大島は溶岩の島なので、真っ白な砂浜のような澄んだ波音とは違い、ゴリゴリと荒々しい音が聴こえてくる。音に注目することで、地形の歴史や生態系の変化など、その奥にある島のストーリーが見えてくるのがおもしろいんです。

斉藤が筆島を眺めながら録音した波音

斉藤さんは、普段の楽曲制作や「SoundscapeDesignLab」の活動でも、さまざまな場所でフィールドレコーディングを行っています。大島は、他の島と比べてどのような印象ですか?

すごくダイナミックな島だと思いましたね。バウムクーヘンの断層や裏砂漠など、日本とは思えないような野生的な風景や、地球規模の力強さを感じました。ハワイ島の火山地帯の風景とも似ていて。ちなみに、大島はハワイ島と姉妹都市になっているらしいです。

火山の噴火によって積み重なった美しい地層大切断面。通称『バウムクーヘン』

そういえば、金環日食を裏砂漠で観たときは、空が直前まで曇っていてなかなか見られなかったんです。そのとき、10名ほどのフラダンサーがハワイの「祈りの歌」を即興で歌い出してくれて。するとみるみる雲が晴れて、日食の瞬間を観ることができました。そのときの歌や「日食を見れた!」という参加者の歓声は録音していて、いま聴いても本当に特別な時間だったことを思い出せます。

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音で感じる「大島の個性」。
10年の変化と、変わらない音風景

今回は、大島でフィールドレコーディングを行いました。音を録る場所は、どのような視点で選んでいったのでしょうか?

楽曲制作の話を聞いて、すぐにいくつか候補が浮かびました。まだ大島を訪れたことがない人に「大島の個性」を伝えたいと思い、オリジナリティを感じられる音風景を選んでいきました。やっぱり、その場所でしか味わえない音や情景があると、フィールドレコーディングしたくなるんです。

波治加麻神社の朝。伊豆大島の天然記念物・カラスバトも鳴いている

大島には「椿油を絞る音」や「塩を釜で炊く音」など、個性のある文化的な音もたくさんあるんです。でも、今回は、僕が大島に感じた「ダイナミックさ」という観点で、自然の音にフォーカスしています。

訪れたのは12年ぶりだったそうですが、どんな変化を感じましたか?

大きく変わっていたのは、裏砂漠の風景です。以前よりも緑が広がり、黒い部分が少なくなっていて、植物の生命力を感じました。

壮大な景色が広がる裏砂漠。大粒の砂利や石が転がっているので、歩くだけでシャカシャカした音が聴こえて心地よいという

あとは、以前は出会えなかったカラスバトの声が聴こえてきて、希少種が繁殖していることを実感しました。その一方で、外来種のキョンの鳴き声も目立っていて、以前よりも存在感を感じました。音から生態系の変化を感じ取ることができましたね。

逆に、以前と変わっていないと感じることはありましたか?

ぶらっとハウスで食べたジェラートの味や、あのガツンとくる大関寿司のワサビは変わってなかったですね。

あとは、波浮港に響く学生たちの声。以前も今回も、同じように船の訓練をしている音が聴こえてきて、「いい情景だな」としみじみ思いました。日中はあまり船が出入りしない穏やかな港で、活気のある声が響いている。大島らしい音風景ですよね。10年分の年を重ねたことで、若い声から元気をもらえるようになった自分の変化も感じました(笑)。

波浮港。近くには大島海洋国際高等学校がある

今回のフィールドレコーディングでは、どんなこだわりを持って録音していったのでしょうか?

「その場所の個性をいかに記録するか」にこだわりました。たとえば、野田浜のような「溶岩のビーチの音」は、低い位置にマイクをセッティングして録りました。同じ波音でも、砂の浜のように開けた場所では、左右に流れる波のうねりも含めて高い位置から録りましたね。

野田浜岩礁。バイノーラル録音により、複雑に入り組んだ岩礁に打ち付ける縦横無尽な波音を楽しめる

森も同じで、鳥を録りたいときと森という空間全体を録りたいときでは、やり方が全く変わってくるんです。だから「ここでしか録れない音」を探す旅でもありますし、その音が見つかったときは、できるだけその特徴が際立つような方法を現場で探っていました。

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生命力あふれる「夜明け」を楽曲へ。
耳で感じる、ドラマチックな情景

今回は「音で大島の魅力を伝える」という企画で、楽曲を制作していただきました。どのような「大島の音」が用いられているのでしょうか?

大島のダイナミックな自然を感じてもらいたくて、最もエネルギーが感じられる「夜明け」の音に着目しました。夜から朝に移り変わる瞬間は本当に特別で、大好きなんです。そのドラマチックな情景を、楽曲として表現しました。

斉藤尋己が大島の音を取り入れて制作した楽曲「Lauds」。アートワークには、収録が行われた場所である、温泉ホテルから裏砂漠へ行くルート途中にある「開けたスポット」が選ばれた。通常は気づかれにくい奥まった場所にあり、大島を知る斉藤だからこそ辿り着けた場所だった。

どのような特別さを感じている時間なのでしょうか?

夜明けには、目覚めた鳥たちが一斉に鳴き始めるんです。人も動植物も太陽からパワーをもらっているので、夜はなんとなく不安を感じますよね。だからこそ、太陽が昇るときには、まるで生まれ変わるような、細胞のひとつひとつが芽吹いていくような感覚になる。生命の力強さを最も感じられる瞬間なんですよ。

夜は虫たちがエネルギッシュに鳴いていて、日の出時刻になってもまだフルパワーで鳴いているんです。でも、その虫の声がまるで静けさの象徴のように感じられるほど、後から聴こえてくる「森が目覚める音」がパワフルで。最初の鳥が起きて鳴いて、それをきっかけに他の鳥たちも目覚め、どんどん賑やかになっていくんです。

その場にいると、そうした分かりやすい音だけでなく、リスなどの動物たちが目覚めてカサカサと動く音や、植物が太陽のほうへ葉を開く気配など、マイクに残らない細やかなものも感じられるんです。楽曲では、こうした気配も含めながら、太陽の光が差してくる瞬間の尊さを表現しました。

『Lauds』という曲名には、どのような意味が込められていますか?

直訳すると「讃歌」ですが、「夜明けの祈り」や「荘厳さ」といった意味合いも込めています。生きている喜びを讃える、というイメージですね。日の出は、特に宗教的な意味がなくても多くの人が神々しさを感じるものですし、大きな自然の存在をパワースポットと呼ぶこともある。大島にも山岳信仰があり、ちょうど三原山のふもとで録音した音だったこともあって、このタイトルがしっくりきました。

夜明けのフィールドレコーディングとなると、深夜の真っ暗な時間帯から森へ入ると思います。この大変さや楽しさは、どのように感じていますか?

大変だとは思ってないですね(笑)。夜明けは本当に特別な時間なので、聴き逃すのがもったいないというか、むしろいちばん楽しみにしている時間です。サンセットも好きですけど、やっぱりサンライズが好きですね。

大島公園の近く、椰子の木の下で録音した音。遠くの波音に賑やかな鳥たちが響く、島の朝らしい音風景。

サンライズといっても、視覚的に美しい場所と、音として素晴らしい場所は少し違うんですよ。綺麗な日の出を見るには海や山頂のほうが向いていたりしますが、音を感じるなら木々に囲まれた広い空間がよかったりする。これも「視覚優位ではない、その場所の楽しみ方」だと思いますね。

楽曲として、楽器や音色、展開など、音楽的にはどのような部分にこだわりましたか?

最初に聴こえてくるピアノの単音は、楽曲のベースとなる音でありつつ、虫の静けさのようなイメージでもあります。実はこの音、最後までずっと鳴っているんです。曲が進むにつれてさまざまな楽器の音を重ねていき、そのベースの音がかき消されていくほどに、次々と目覚めていく生命の賑やかな様子を表現しました。

展開としては、途中にわかりやすいピークをつくっています。太陽が見えて、一気に光が差し込んでくるような、ドラマチックな情景を演出しました。

楽器は、まずピアノだけでも帯域を変えながら22トラック重ねています。さらに、風が吹くような印象をもたらすストリングスや、光を感じさせるガムラン、そしてうっすらとした気配を感じさせるためにEBow(弦楽器の弦を振動させて音を出す電子デバイス)を使用しました。ひとつひとつの音色を虫や鳥などに見立て、それぞれ異なる「音の形」を意識しながら構築していきました。

「夜明け」の情景は、録音した環境音をそのまま聴くよりも、楽曲として届けた方が、よりそのダイナミックさやドラマチックさが伝わる印象を受けました。楽曲だからこそ伝えられる大島の魅力については、どのように考えていますか?

最初の「視覚情報が8割」という話にもつながりますが、僕が素晴らしいと思う「夜明け」の情景は、光や気配など、五感全体で感じている部分が大きいんです。だから、その場に行ったことがない人に音という「2割にも満たない情報」で伝えようとしても、なかなか難しいんですよね。

だからこそ、その足りない情報を補完する役割として、楽曲という形はすごく合っていると思います。少し過剰なくらいの演出をして、ようやくその情景を想像してもらえるのかなと。

ダイビングスポットでもある秋の浜。立体的な岬の先にマイクを立て、左右や後ろから聴こえる波音を収録した

ただ、音から立ち上がる風景は、人によってまったく違うんです。たとえば「森を描いて」と言われたときに、出身地によって落葉樹を思い浮かべる人がいれば、常緑樹を思い浮かべる人もいる。音へのイマジネーションも同じで、聴く人の経験や記憶に左右されるんです。

だから「同じ情景を感じてほしい」とは思わないですね。音から自由に自分なりの想像を広げてもらってそ、その延長で少しでも大島に興味を持ってもらえたら嬉しいです。

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ロードムービーのようなプレイリスト。
「愛おしい」大島の雄大な自然が待っている

楽曲のほかに、「大島への旅」をイメージしたプレイリストも制作されています。どんな視点で選曲されたのでしょうか?

大島の旅をテーマにしたロードムービーを作るような感覚で、各シーンにBGMを当てるイメージで楽曲を選びました。たとえば3曲目のLycoriscoris「Tide」は、船から見た海面の光の揺らぎや波のうねりを思い出しながらセレクトしています。

9曲目のVanbur「Falling Colour」は、裏砂漠の霧や、霧が晴れて陽が差し込んでくる瞬間を思い起こさせてくれますね。自分の楽曲では、12曲目に「Toukei」を入れました。倒景という言葉の通り、サンセットで太陽が沈んだあと、まだ少し明るい時間帯の「島の余韻」をイメージしています。

最後に、この記事を読んで大島に興味を持った方へ、メッセージをお願いします。

大島には雄大な自然があって、それに少し触れるだけでも、自然の愛おしさを感じたり、生き物としての感覚に立ち返ることができたりすると思うんです。東京からすぐ行けますし、「夜明け」を含めて、ぜひそのダイナミックな情景を味わってみてほしいですね。

そして、「夜明け」は都会でも体験してみてほしいです。少し早起きして外に出て、ただぼんやり移ろう空を眺めているだけでも、「自分も生きてるし、世界も生きてるんだな」と実感できると思います。その特別さを感じたら、きっと大島のような自然へ旅に出かけたくなるはずです。

石松豊 / 取材執筆・撮影

1991年京都府生まれ。九州大学卒業後に上京。広告代理店と制作会社を経て、2022年に創業期から関わるGerbera Music Agencyでブランドソリューション事業部を立ち上げる。企業プレイリスト制作を中心に、キャスティング、楽曲制作など企業の音楽プロジェクト企画に多数関わる。個人では2018年よりプラネタリウムや重要文化財などでライブイベントを多数企画。2024年からは穏やかな音楽のある生活風景を紹介するWebメディア『Ucuuu』を運営中。

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