遥か遠く離れた父島は、
カルチャーの交差点のような場所だった

東京の都心から南へ約1,000km離れた小笠原諸島の父島。空路のないその島へ行くためには、片道24時間の船旅が必要です。

冒険心をくすぐるような旅路、まさに現代の絶海の孤島。人が住み始めて約200年足らずですが、父島にはさまざまな人が行き交い、目まぐるしい変化を伴う歴史が存在しました。

そんな父島だからこそ育まれた文化や島の歴史、固有の自然、そこで暮らす方々の考え方に触れる旅へ出かけました。

相沢亮 / 写真家

大学院在学中にカメラに出会い、2020年より東京を拠点に写真家・ディレクター・ライターとして幅広く活動。広告撮影、雑誌への寄稿・写真・映像のディレクション、イベントへの登壇など活動の幅を広げる。2022年3月初著書『日常のフォトグラフィ』 (玄光社)を出版。

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父島開拓の原点に触れる。開拓者であるナサニエル・セーボレーの子孫が営むホテル『PAT INN』へ

『PAT INN』のオーナーである瀬堀健さんは、父島を開拓し、初めてこの地に定住したナサニエル・セーボレーの6代目の子孫。彼をはじめ、1830年に英国人・米国人・デンマーク人・ハワイ諸島出身者などが移り住んだことで父島の文化はスタートしました。

最初の定住者が住み始めた1830年以前から江戸幕府は父島を発見し調査を行っていましたが、正式に領有を進め始めたのは1861年のこと。そして、1876年に国際的に日本の領土として認められました。

オーナーの瀬堀健さん

「文化が入り混じり、歴史が浅いが故にさまざまな人を受け入れるというのが父島の特徴だと思います。文化が定着していないからこそ、若い世代がたくさん来るんです。そこは父島の良いところですね。」と語る瀬堀さん。

2015年、代々受け継いできた土地にホテル『PAT INN』を開業。名前の由来は、瀬堀さんの母親が営んでいたハンバーガーショップの名前だといいます。

「訪れた人に、旅の楽しみ方の“正解”を押し付けたくないんです」と瀬堀さん。そんな思いを形にするかのように、父島のゆったりとした空気を感じられる空間になっています。

今回泊まったのは『Hou room』。“Hou”は“包”を意味しており、部屋は和紙作家・ハタノワタルさんの手隙和紙で全面が包まれています。朝には優しい光が差し、和紙の風合いを感じながら、過ごすことができました。

島の食材をふんだんに使った朝食。瀬堀さんのお母さんが作ってくれます。

■詳細情報

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語り部と父島の自然に残された戦跡を巡る

父島のある小笠原諸島に人が住んでいなかった江戸時代、小笠原諸島は無人島(ぶにんじま)と呼ばれていました。1830年にはハワイから欧米系の人々が移り住み、彼らの間で「ぶにん」が英語訛りで「Bonin(ボニン)」と呼ばれていたことから、青く透明な海は「ボニンブルー(Bonin Blue)」と称されています。

約200年前まで無人だった父島では、独自の生態系が育まれてきました。その美しい自然の中に当時の姿のまま残されている戦争の歴史を語り部のマスオさんと共に巡ってきました。

日本軍の拠点となり、米軍との間で激しい陸上戦が行われた硫黄島と本土の中継地点の役割を果たしていた父島では、米軍の進行に備え、砲台が設置されたのです。

こちらは、明治41年式の大砲。明治時代の大砲が昭和に使われていました。

父島では上陸戦こそ行われませんでしたが、激しい空爆を受け、その被害の跡を刻むように当時の軍の遺構などが残っています。

当時の瓶などが至る所に残っています。雨水などを貯めるために使用されたとも。

「東平と呼ばれるこの場所は、戦争当時、半分くらい畑として耕されていたのですが、戦後80年が経ち、森に戻りつつありますね」と語るマスオさん。

広大な自然の中には、当時の記憶を刻むように戦跡が佇んでいます。父島の歴史を象徴するような場所を散策しました。

■詳細情報

  • ・名称:語りべ マスオ/マスオフォト
  • ・住所:〒100-2101 東京都小笠原村父島字西町
  • ・地図:https://maps.app.goo.gl/aySoa4sCuRr69uHa7
  • ・ツアー内容:森山歩き散策ガイド/島内探訪ガイド/ハートロック(千尋岩)ガイド/戦跡ツアー/歴史ツアー/大村街歩
  • ・時間:
    半日ツアー(約3時間):午前9時〜/午後13時頃〜
    1日ツアー(約7時間):9時〜16時頃
    ※ナイトツアーでは、ご希望によりサンセットから行えますので、ご希望をご連絡ください。
  • ・料金:
    1日 9,000円(ハートロックは10,000円)
    半日 5,000円
    ナイトツアー 4,000円
  • ・電話番号:090-7810-3983
  • ・公式サイト:https://masuo-san.jimdofree.com/
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『茶里亭』で父島の食材をふんだんに使った
創作和食を楽しむ

地元の食材をふんだんに使った創作和食を楽しむことができる『茶里亭』。店の中央には、炉を囲むようにカウンター席が並び、地元の方々も訪れます。

メニューは季節や仕入れによって変わり、この日は採れたての魚の刺身や地魚の煮付け、ソテーなどを始め旬の食材を使った創作料理を堪能することができました。

■詳細情報

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水平線に沈む太陽を望み、
澄んだ星空のもと父島の自然を散策

参加したのは、夕暮れから始まる、ガンジーさんによる夜の父島の自然を散策する「ナイトツアー」。

水平線に沈む太陽を見送ると、夜の父島には、昼とはまた違った静けさが訪れます。人工的な光が一切なく、自然の音のみが聞こえる空間。都心ではなかなか体験できない、そんな森の中をまずは案内していただきました。

開けた場所に着くと降ってくるような満天の星空が、頭上に広がり、肉眼で流れ星や天の川を観ることができます。

自然の中には雑音や光害といった人工的なノイズが存在せず、島の静かな空気感と相まって、特別な静寂を体感できます。

道中、どんな方が父島に訪れるのかお話をお伺いすると、「父島の自然を満喫したいという方が圧倒的に多いですね。2011年に世界自然遺産に登録されたことを境に、訪れる観光客や島民の『自然を守ろう』という意識も高まったように思います」と教えてくれました。

またナイトツアーでは小笠原諸島でしか出会うことのできない、夜行性の絶滅危惧種であるオガサワラオオコウモリの様子を観察することができます。

タコノキにぶら下がるオガサワラオオコウモリ

この日は、晴れ続きの天候の影響で出会うことはできませんでしたが、雨上がりの夜などには光るキノコ「グリーンペペ」を見ることができます(5月〜11月頃)。
また、海辺では、オカヤドカリ、運が良ければ季節によって陸近くを泳ぐシロワニ、7月頃には砂浜で産卵するアオウミガメなどにも出会うこともできるそう。

■詳細情報

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小笠原諸島の独自の生態系を知るために
マイマイ母さんたちに話を伺う

大陸と陸続きになったことがない小笠原諸島では、独自の進化を遂げた生態系が豊富です。

そんな小笠原諸島の生態系をより知るために訪れた『小笠原世界遺産センター』。
ここでは、展示や映像を通じて自然や生態系について詳しく学ぶことができます。今回は実際に保護活動に従事する方々(通称:マイマイ母さん)に話を伺ってきました。

カタツムリを保護しているため、親しみを込めて「マイマイ母さん」と呼ばれているみなさん。

小笠原諸島に外来種が入り込んだ経緯については諸説ありますが、1980年代や90年代、世界自然遺産に登録される前に植栽用の樹木・農作物・建築用の資材などを経由、人の移動に伴い外来種が持ち込まれたとされています。その影響で固有種が急激に減ってしまったそうです。

「大型の陸貝を食べてしまう特定外来種(ニューギニアヤリガタリクウズムシなどのプラナリア)によって父島に生息するカタツムリたちなどは壊滅的な被害を受けています。それらの固有種を保護するために『小笠原世界遺産センター』では活動を行っています。

今回は、実際に保護活動を行っている保護室へ特別に入室させていただきました。
温度や湿度を管理し、繁殖なども行っている部屋には合計4,500匹ほどのカタツムリがいるそう。

生き物や自然に魅せられて父島に移住し、カタツムリの保護活動に従事している方も多く、皆さん和気藹々と仕事をされている姿が印象的でした。

『小笠原世界遺産センター』を訪れた際にはぜひ、マイマイ母さんたちの“お世話姿”にも注目してみてください。

■詳細情報

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父島のボニンブルーに生息するウミガメを知る

「小笠原海洋センター」では、ウミガメの生態や歴史を知ることができるレクチャーや、ウミガメの甲羅磨きやエサやり体験など、直接ウミガメに触れる体験ができます。

日本最大のアオウミガメの産卵地である小笠原諸島。近年は、約400〜500頭の母亀が5月から8月頃にかけて4〜5回産卵し、父島列島では毎年1,600〜2,000巣ほどの産卵巣が確認されています。(産卵巣とは母亀が砂浜に穴を掘って、卵を産む巣穴のこと。1回の産卵で約100個の卵を産みます。)

もの凄い数のように感じますが、実際に無事に大人のウミガメになることができるのは、卵からふ化して海に帰った赤ちゃんガメのうちの、0.2〜0.3%ほどといわれています。

「小笠原海洋センター」では、そんなウミガメの成長を水槽で見守り、飼育を行っています。

実は小笠原諸島では古くからウミガメは食文化として根づいてきました。そのため過去には乱獲され、その数は大きく減少しました。

今では、年間の捕獲頭数を135頭に制限することで、ウミガメの保護と伝統的な食文化の両立を保っています。(父島55頭、母島80頭、そしてウミガメの全長75cm以上の大人のみ捕獲できます、東京都漁業調整規則)

ウミガメの「甲羅磨き」にもチャレンジ。甲羅などに生える藻や寄生虫、ゴミを取り除くことで、免疫の弱いウミガメの赤ちゃんの皮膚病を予防する効果があるそう。ブラシでこすると気持ちよさそうな顔をしてくれるような気がします。

解説をしてくれた坂本さん。大学卒業後、海外でインターンを経験し、父島に移住したそうです。

■詳細情報

  • ・名称:小笠原海洋センター
  • ・住所:〒100-2101 東京都小笠原村父島屏風谷
  • ・地図:https://maps.app.goo.gl/upiWBjwoBfx5wxpC8
  • ・営業時間:9:00〜12:00 / 13:30〜16:00
  • ・休館日:おがさわら丸出港中(水槽エリアは年中無休でご覧いただけます)
  • ・電話番号:04998-2-2830
  • ・公式サイト:https://bonin-ocean.net/
  • ・備考:ウミガメ教室【2時間コース】※要予約
    開催日時は原則 おがさわら丸の入港日・出港日となります。
    参加費:大人(中学生以上)4,500円(税込)/ 小人(小学生)2,500円(税込)
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「南国酒場こも」で父島の伝統の食文化に触れる

小笠原諸島の食文化に触れるために訪れたのは、「南国酒場こも」。ここでは伝統料理を堪能しました。島の野菜や鮮魚を使ったメニューが並びます。

こちらは冠婚葬祭などにも出てくる伝統料理「島寿司(要予約)」です。醤油ベースのタレに漬け込んだ魚に、ワサビではなくからしを添えるのが伝統ですが、こちらのお店では島レモン胡椒と一緒にいただくアレンジが絶品です。小笠原諸島のソウルフードとも呼ばれるウミガメ料理をいただくこともできます。

■詳細情報

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父島に魅せられて移住したオーナーが営む、
コーヒーの農園「USKコーヒー」へ

明治初期に小笠原諸島にコーヒーの苗が持ち込まれて以来、亜熱帯に属する父島は、日本でも数少ないコーヒー栽培に適した環境として知られています。小笠原産のコーヒーは苦味が少なく、すっきりとした後味が特徴です。父島でコーヒー農園を営む「USKコーヒー」を訪ねました。

元々、名古屋でコーヒーの焙煎をしていた店主の宮川雄介さん。20代の頃に初めて父島に来た宮川さんは帰りのフェリーで父島でコーヒー農園を開くことを決めたそう。

「父島に来たのは勢いでしたね!魅力について言葉にするのは苦手なのですが、この島のノンストレスな雰囲気、美しい自然など不思議な魅力があるんです。疲れた顔をしたお客さんも父島に数日滞在すると、日を追うごとに顔が元気になっていくんです。皆さんも父島に来たら、毎日写真撮って並べて見ると面白いかもしれないです。帰りには良い顔になっているはず!」と話してくれました。

コーヒーづくりに関しては、「目の前のことを丁寧にやるというか、ただ、どの工程も楽しく、没頭している感覚です」と語ります。
無農薬、有機栽培の手作業で作られたコーヒーはすっきりとした苦味でさわやかな後味。ジンジャーの効いた自家製クラフトコーラなどもおすすめです。

農園が見える開放的な雰囲気は唯一無二。農園に面した客席では、収穫前の時期には熟したコーヒーチェリーの甘い香りを感じることができます。

「コーヒーの栽培、収穫、焙煎、提供、ほぼ全て自分の手でやってきました。今も楽しいですが、最近カフェが軌道に乗って、安定してきたので、僕はモモタマナを使った新商品への取り組みにも夢中です!40代になって20代の時に燃え上がったコーヒーと同じくらいの熱量で取り組めるものが見つけられそうです。やる気のある若い移住希望の方がいれば、ぜひ相談してください!」と笑顔で語ってくれました。

乾燥させたモモタマナ

■詳細情報

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“カルチャーの交差点”のような父島での出会い

漁船や観光船が並走する見送り。旅人を温かく受け入れる父島の気質を肌で感じます。

絶海の孤島である父島に暮らす人々は、初めて触れる文化や価値観を柔軟に受け入れながら島のコミュニティを育んできました。人の多様性を受け入れつつも、固有の自然を愛する島民が暮らす「カルチャーの交差点」のような父島。その居心地の良さや魅力に触れた旅でした。ボニンブルーを背に24時間の船旅がまた始まります。

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