火山の島で出会う、“熱い”人々。
人生に気付きを与えてくれる場所、大島

東京都心部から船で揺られること約2時間。伊豆諸島最大の島・大島は、数万年前から幾度となく噴火を繰り返して生まれた火山島です。ダイナミックな地形や三原山の噴火跡、溶岩による漆黒の砂漠「裏砂漠」など、ワイルドな自然を感じられる場所です。

そんな大島でいま、新しい挑戦に取り組む人たちの姿があります。自分にできることを信じて、目の前にある課題と向き合いつづける。彼らの瞳の奥に宿る炎の熱さには、大きく心を揺さぶられました。
今回の旅では、そんな大島で生きる人々とともに島を巡ります。
島内外をデザインでつなぐ架け橋に。
対話を重ね、問いを立てつづけるデザイナー・千葉努さん

まず、訪れたのは深いブルーの屋根が特徴的なコワーキングラボ『Izu-Oshima Co-Working Lab WELAGO(ウェラゴ)』。
「都市と地方の共存社会を、多様な働き方から描く」がコンセプトのこの場所は、島内外問わず誰でも無料で利用可能です。ここでは、島外の人に向けたワーケーションプログラムや、島の子どもたちの未来の可能性を広げるワークショップなど、さまざまな取り組みが行われています。

コミュニティマネージャーを務める空 佐和さんは、1年半前に大島への移住を決めたひとり。自然豊かで人との距離感がほどよく、「まさに、求めていた場所」だと語ります。『WELAGO』には島の人たちはもちろん、情報を求めて訪れる島外の人も多くいるのだとか。「見学だけでもウェルカムなので、ぜひ遊びに来てください」とあたたかい笑顔で迎えてくれました。

そんな『WELAGO』のブランディングとクリエイティブデザインを手掛けたのは、デザイナーの千葉努さん。2010年に都心から移住し、島の素材や景観を取り入れたプロダクト制作や、島内外をつなぐプロジェクトを手がけてきました。「自然と人のあいだをデザインする」千葉さんの活動は、どのように大島の可能性を広げているのでしょうか。

千葉 努
株式会社TIAM CEO・代表取締役社長・クリエイティブディレクター・デザイナー
一般社団法人大島観光協会専務理事。2010年に大島に移住し、デザインオフィス「トウオンデザイン」を営む。大島町商工会勤務を経て、クリエイティブスペース「kichi」運営やアーツカウンシル東京共催事業「三原色」など多彩な企画を手がける。2011年立ち上げの「伊豆大島ナビ」は15年目を迎え、コンテンツ運営と事業拡張を継続。伊豆大島ジオパーク認定ジオガイドとしても活動している。
千葉さんが大島に移住されたきっかけは何でしたか。
もともと島が好きだったんです。自然豊かなところに惹かれて、休みを見つけてはさまざまな島を巡っていました。大島は妻の出身地でもあったので、たまに訪れていたんですよ。
そんなとき、全国各地にいるデザイナーがイベントを開催したり、名産品のパッケージデザインを担当するなど、「地方×デザイン」の動きがありました。
それまでは都内の企業でデザイナーをしていたのですが、ある程度決められたものを形にするのが常でした。だから、名産品をさらに魅力的なものにして届けたり、デザインの力で地方を活性化させたりすることにすごく可能性を感じて。
あれこれ考えているうちに住みたくなって、奥さんを説得して移住したのが2010年のことです。大島出身の彼女にしてみれば、帰るつもりはまったくなかったと思いますが(笑)。

思い切った決断でしたね。島出身者ではない立場から、どのように地域に関わっていったのでしょうか。
まず、大島商工会に入りました。夏祭りを始めとする地域振興や、融資相談などの事業者の経営サポートをする傍ら、個人として情報サイト『伊豆大島ナビ』の立ち上げや、島の暮らしを紹介するフリーペーパーなどをつくっていました。さまざまな島民の方に取材をするうちに、どんどん繋がりが生まれていきましたね。

さまざまなプロジェクトに携わってきたのですね。なかでもここ、『WELAGO』のデザインには、どのような想いが込められているのでしょうか。
『WELAGO』とは「Work(仕事)」と「Archipelago(多島海域)」を掛け合わせた造語で、多様な働き方を生み出す「多“働”海域」を意味します。東京諸島はいろんな島々から成り立っているので、「都市と地方の共存社会を作る」というテーマを掲げて名付けられました。ロゴは2本の線で「ゼロ」を表現しており、都市と地方がつながり循環していく様子や、自然に触れることで心がリセットされるイメージを込めています。

シンプルながらも洗練されたデザインが目を惹きます。都会での仕事と比べて、大島でのデザインワークにはどんな違いがありますか?
当事者と直接話せるのは大島ならではだと思います。都心部での仕事では、あいだに会社や人が挟まっていることも多いけれど、ここには当事者しか存在しません。一対一で向き合って一緒につくっていくなかで、反応がダイレクトで来るのは嬉しいことですが、そのぶん責任も大きいですね。
実際に島で暮らし、仕事をするなかで感じる“大島ならでは”の魅力はありますか?
時間を気にせずに、思うがままに動けるのが本当に豊かだと感じます。夕焼けが綺麗に見られそうなときは、家族でみんなで海へ行って眺めます。都心にいたころよりも四季折々の風の香りや太陽の動きを感じられて、自分が本来あるべき姿に戻っていっている気がしますね。

そして、ここには火山島だからこそ生まれた文化がたくさんあって、すべてが繋がっていると感じます。それらを一つひとつ紡ぎ出して表現するのが面白いですね。非日常的な景色が生活圏のすぐそこに広がっているのが大島の面白さ。自然が作り出す美しさや、火山と隣り合わせで生きてきた人たちの想いを感じ取れることは、ここに住む価値だと感じますね。
自然と共存する暮らし。とても素敵です。今後、大島で挑戦したいことはありますか?
コツコツと地道に続けてきた先にいろんな広がりがあったと感じているので、今後もいろんな取り組みや事業を着実に回していくことで、面白いことが舞い込んでくるという予感があります。目の前の人との対話や繋がりを大切にしながら、さまざまな問いに向き合っていきたいですね。

■詳細情報
- ・名称:Izu-Oshima Co-Working Lab WELAGO
- ・住所:東京都大島町元町下高洞669
- ・地図:https://maps.app.goo.gl/BaxvarrJZu9DuArv5
- ・営業時間:9:00〜18:00
- ・定休日:土日祝、年末年始など
- ・電話番号:070-2022-8240
- ・公式サイトURL:https://tokyo-welago.com/
大島でレモン栽培を始めて20年。
苦労も喜びも未来へと。レモン農家・金森さん

続いて訪れたのは、大島唯一のレモン農家・金森三夫さん。金森さんは、20年前にUターンして以来、農業の経験が無い中で一心にレモンと向き合ってきました。
ミネラル豊富な火山灰土壌と潮風が育てる金森さんの「御神火(ごじんか)レモン」は、皮までおいしくいただけるこだわりの無農薬レモン。大ぶりなサイズ感に、爽やかな酸味とみずみずしい果肉が特徴です。地域の農を支えながら、島の恵みを丁寧に形にしていくその姿に、農業の奥深さと情熱が滲みます。

金森 三夫
御神火レモン栽培農家。元フリーサウンドエンジニア。2006年に父の畑を引き継ぐため大島に帰島し、友人の提案でレモン栽培を開始。温暖な気候と火山灰土壌、潮風を活かし、10年以上の試行錯誤を経て「御神火レモン」の栽培に成功。通常の1.3~1.5倍の大きさで香り・酸味・みずみずしさが際立つ御神火レモンは、島の特産品となっている。
大島にUターンして、なぜ、レモン栽培を始めようと思ったのですか?
大島に戻ってきたのは、父の畑を継ぐためでした。もともとは、東京でサウンドエンジニアの仕事をしていたんです。
▼金森さんが収録された大島の自然の音をお楽しみください!
農業をやろうと決めたのは2002年のこと。なんせ父が大変な想いをして開墾した土地です。自分が絶やしてしまうのは申し訳ないと思い、何かを育ててみることに決めました。
もともと父が栽培していたのは大島の特産物である絹さやでしたが、ある日、友人から「大島の風土では、レモンが育つんじゃないか」と提案を受けまして。それまで、大島にレモンは無かったけれど、湾岸線沿いにレモンの木が並ぶ姿を想像してみると、何だかとてもいいなと思って。「とりあえずやってみよう」とレモンの木を10本植え、20年の月日を経て、「御神火レモン」として島内外の人々に愛してもらえるようになりました。

初めての農業に、初めてのレモン栽培。大変なことも多くありそうです。なぜ栽培を続けることを決めたのでしょうか。
植えてから3年が経ったころ、大きなレモンの実がいくつかできたことで、「これはいけるぞ!」と思ったんです。僕は多分、やったことのないことをやるのが好きなんですよ。前例のない時代にフリーランスになるような人間ですから。
ただ、当時は育て方に関するマニュアルが全然無かったので、本当に苦労しました。専門家に相談しても誰も育て方を知らなくて、独学で研究を続けていく日々が続きました。
そんなとき、ある人が昭和時代に書かれた農業書を見つけてくれました。それによると、「1本の木から400個の実が取れる」と書いてあり、大きな希望を抱いたのを覚えています。
火山島ならではの土壌や気候は、レモン作りにどんな影響を与えていますか。
火山灰土壌である大島の土には、ミネラルが多く含まれているそうで、そのおかげか御神火レモンは普通のレモンより1.3倍〜1.5倍ほど大きいんです。また、防風ネットで強い季節風から守りつつ、海からの潮風をほどよく浴びせることで、爽やかな酸味と豊かな香り、ジューシーな果肉に育ちます。

栽培から収穫まで、どんなことを大切にしていますか?
「剪定(せんてい)」ですね。四季ごとに新しい枝が生えてくるので、レモンにきちんと光が当たるよう、風通しを良くして病気にならないよう、枝を切っています。風の通りを意識しながら木の形を整えていく。これができるようになるまでに20年かかりました。
僕が育てている「リスボン」は「皮ごと食べられるレモン」なので、無農薬での栽培にもこだわっています。化学肥料は使わず、有機肥料として大島の名産品である椿の油かすや島の自然資源を使っています。なるべく自然に近く、効き目がやわらかいものを選んでいます。

本当に苦労しながら栽培されてきたのが伝わってきます。「やっていてよかった」と思う瞬間はどんなときですか。
僕のレモンを買ってくれる人がいて、「おいしい」と言ってもらえるのが本当に嬉しいです。いまはほとんどを島の農産物直売所「ぶらっとハウス」に出荷しているのですが、いつもすぐに無くなっちゃうんですよ。ひとりで育てているので多くは作れないけど、引き合いは多いです。
今後、大島で挑戦したいことはありますか。
いま、僕のレモン畑の入口には植えたレモンの本数と年代がマジックで書かれています。それは大島でのレモン栽培にまつわる知見を、次世代へと繋げていきたいから。

いつか、伊豆のミカン畑のように、大島でもレモンがあたり一面に広がる様子が見たいんです。レモンが10トン以上収穫できるようになれば、特産品としてもっと多くの人に食べてもらえるはず。そのために、これまで僕が培ってきたものを島の若い子たちに伝えていくことが、これからの僕の使命です。

新鮮な産物と島の人たちが集まる憩いの場
「ぶらっとハウス」

そんな金森さんの御神火レモンも並ぶのが、農産物直売所「ぶらっとハウス」。大島の農家さんによる新鮮な野菜や、大島牛乳などの農畜産物がずらりと並びます。おいしい食材を求めて、開店前にはお店の前に地元の人が列を成すほど。

名産品である明日葉に、艶やかなフルーツトマト「あまっこトマト」に、手作りのフルーツバター。島の人たちが心を込めてつくった品々は、ほとんどが午前中には売り切れてしまうのだとか。

こちらは、金森さんの「御神火レモン」と都立大島高等学校のコラボ商品「塩レモンゼリー」。爽やかなレモンの香りにほんのりと感じる塩の甘じょっぱさが夏にぴったり!

こちらは大島でしか味わえない「大島牛乳」。低温で時間をかけて殺菌する製法により、牛乳本来のまろやかで濃厚な口当たりが楽しめるのが特徴です。

さらに、新鮮な大島牛乳100%のジェラートも大人気。明日葉、大島牛乳、椿の花びらジャムなど、大島で採れた食材を使った色とりどりのジェラートたちが並びます。ガラスを覗いて楽しそうにジェラートを指差す、地元の子どもたちの笑顔ににっこり。

晴れた日には思い思いに牧場を歩き回る乳牛たちの姿も見られるそう。青々とした緑が広がるのどかな雰囲気のなかで、味わうジェラートのおいしさは格別です。「今日は何があるかな?」と、まさにぶらっと訪れたい場所です。
■詳細情報
- ・名称:ぶらっとハウス
- ・住所:東京都大島町岡田字新開87-1
- ・地図:https://maps.app.goo.gl/4X3RLDy5StNMyxwG8
- ・営業時間:9:00〜16:00
- ・定休日:年末年始
- ・電話番号:04992-2-9233
- ・公式サイトURL:https://burattohouse.com/
地元の方で賑わう「居酒屋 島」でおなかも心も満たされる夜

旅の終着地、「居酒屋 島」は、大島の夜を味わうのにぴったりな場所。島魚のお刺身や明日葉の天ぷらなど、地元食材を活かしたメニューが豊富で、どれも飾らないおいしさです。
次々に運ばれてくる料理を取材をともにしたメンバーと一緒にいただきながら、旅での出会いを振り返ります。島の内と外にある境界線を取っ払い、対話とデザインの力で架け橋を築いてきた千葉さん。たったひとりで前代未聞の挑戦を始め、長い歳月をかけて島内随一のレモンを生み出した金森さん。
人それぞれに多様な個性と情熱があり、人と人が繋がることで生まれるものがある。それこそが誰かと共存していくことなのだと実感しました。島の人たちの想いの詰まった食材と料理におなかも心も満たされていきました。
■詳細情報
- ・名称:居酒屋 島
- ・住所:東京都大島町元町1丁目2
- ・地図:https://maps.app.goo.gl/nuAmk19b35gk7rJdA
- ・営業時間:17:30〜21:30
- ・定休日:なし
- ・電話番号:04992-2-3556
大島で生きる人たちの暮らしや仕事には、火山の荒々しい自然と共存しながら、自分たちの手で未来を築く力強さが息づいています。自分にしかできないこと、自分だからこそできることを突き詰める姿に、わたしの心にも火が灯り、これから何と向き合って生きていこうかと自分の未来に想いを馳せる時間もありました。ほんの少し都心部を離れた先に広がる、豊かな自然と情熱溢れる人たちとの出会いは、きっと人生において大きな気付きを与えてくれるはずです。
火山の島で紡がれる人々の物語に、あなたも触れてみませんか?


いしかわゆき / ライター
早稲田大学文化構想学部 文芸・ジャーナリズム論系卒。Webメディア「新R25」編集部を経て2019年にライターとして独立。取材やコラムを中心に執筆する。ADHDとHSPを抱えながら、生きづらい世界をいい感じに泳ぐために発信を続ける。3万部超のベストセラー『書く習慣~自分と人生が変わるいちばん大切な文章力~』他著書多数。